新海誠「星を追うこども」観に行く。
チャイコフスキーが、自身の交響曲第5番に対して
「わざとらしくて、正直自分の好みに合わない」と書簡に書いていたのを
ちょっと思い出した。
あとから分かったことだが、
私、ガガーブトリロジー以来だから
16年来の新海ファン。
このゴールデンウィークに、「秒速5センチメートル」を何度見たことか。「雲のむこう」も「ほしのこえ」も合わせたら、30回は繰り返し見てる。
だからこそ、
この作品は、「納得がいかない」。
というより「ちょっと心配」。
絵はたしかに相変わらず綺麗。記憶の向こうにある色彩、空気感。
新海イズムとも言える、ペシミスティックな結論も相変わらず(ちなみにここが決定的にジブリと違う。)
等身大の少年少女を描いていることも、評価は・・・うん、できる。
だけど
だけど
そこまでジブリを意識して書かなくてもいいじゃない(_"_;)
新海監督が、この作品を「わざとらしくて、正直自分の好みに合わない」と思ってて、
でも「新海誠ここにあり」を主張するために描いた作品だと考えているなら
最悪、それでもいい。
ただ、「今後この路線で行く」というとなると、ジブリとの衝突はさけられないわけで、
どうしても「劣化コピー」の印象を避けられない。
「もののけ」と「ラピュタ」を合わせ持つような世界観を
悪いけど、コアなマニアは求めていない。
どうしても世界観が前提にあるのなら、無理に「シータとパズー」を描かなくても、
素直に「ゲルド」を描いてくれればそれで良かった気がする。
コアなマニアがどこまで居るか分からないが、求められるのはそこじゃないかと思う。
(ちなみに、「秒速」の「コスモナウト」時代の貴樹は、性別を入れ替えればそのままゲルドになる気がする。)
次の作品が、鍵だ。

